題名:Land’s End: Capitalist Relations on an Indigenous Frontier
著者:Tania Murray Li
出版年:2014年
出版社:Duke University Press Books

かなり気の滅入る内容。
インドネシアのスラウェシ島の山岳民族であるラウジェ族(Lauje Highlanders)は、
先祖代々から、土地を「自然からの借りもの」として親戚一同が使用する「共有地」として使ってきた。

世界とつながる資本主義経済の流れから、ラウジェ族もカカオ栽培に着手する。
ギリギリの生活から抜け出すために、ラウジェ族はカカオ栽培を好意的に受け入れた。
モラル経済とは仕組みが違い、彼らの生活方法に大きな変更を要求する資本主義経済ではあるが、
少しでも暮らしが楽になるならば…と乗り出した訳だ。

カール・ポランニーが論じたような、既存のモラル経済が社会のセーフティーネットの役割を果たし続けるほど、
資本主義経済の勢いは緩くはなかった。
土地を持つ者と持たざる者の区別が現れた直ぐに、
持たざる者は借金を抱え、借金を返すためにただ同然の賃金労働をせざるを得なく、
新しい作物に投資する余力も土地もないので、ますます貧困に陥っていく。

災害などドラマティックな人道被害に対して人道支援団体は動くが、
徐々に土地を失い、貧困に陥っていくような緩慢な事態には人の注目は集まらない。
そのような支援があったとしても、それらの情報や利益を得るのは、政府の権力者や土地をもつ有力者。
ラウジェ族は、誰からの助けも見込まれない。
ラウジェ族が(土地をめぐる)権利をもとめるため一丸となって立ち上がるしか…ない。

しかし。

世の中の流れは、気候変動や大気汚染問題が喫緊の課題となっており、
森林保護が叫ばれている今日、
代々、自然からの借り物として民族が共有地として使ってきた僅かな土地は、
彼らから遠ざかる一方である。

ラウジェ族の問題は、「彼ら」の問題ではなく、「私たち」の問題であることは一目瞭然だ。
このような事態が、多くの場所で起きているのも明らかだ。
著者が本書全体で、特に結論部分で特に開発分野の人々に対して述べているように、
「農業が上手くいかなかったら、止めて、工場従事者になればいい」といった安易ではなく、
でも、早急な解決が求められる。
(昨今流行り?のダイレクトペイメントなのだろうか…。
でも、その場合、自分たちの共有地で働くことでなりたっていた彼らの生活と「あり方」はどうなるのだろう?)

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# by sakonia73livre | 2017-03-20 16:47 | 人類学(Ethnography)

題名:Inner Engineering: A Yogi's Guide to Joy
著者:Sadhguru
出版年:2016年
出版社:Penguin Random House India Pvt. Ltd

これまで読んだヨガに関する本の中で、最も読み易く、分かり易く、面白い本。
ヨガのエッセンスを丁寧に一つ一つ説明してくれ、
一挙手一投足に意識を向けるヨガそのものを著書を通して実演してくれる。

エッセンスがぎっしり詰まっているので、何度も本書に戻り、
自分が納得いくまで、体得するまで、
繰り返し繰り返し、読みながら、実践するのみ。

お勧め度満点の本。


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# by sakonia73livre | 2017-03-19 23:27 | 東洋哲学

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題名:Give a Man a Fish: Reflections on the New Politics of Distribution
著者:Ferguson, James
出版年:2015
出版社:Duke University Press

明快な議論、議論を強力に支える興味深い事例。
Fergusonのエスノグラフィーは、面白いし示唆的。
著書は、人類学を学ぶものだけでなく、というよりむしろ「開発」に携わる人たちにお勧めしたい本。

以下、私が書き留めておきたい要約。

 経済発展すれば、貧困はなくなる。それがこれまでの開発の考え方、貧困削減の戦略だったし、現在もそれを前提に国際協力の分野は取り組んでいる。しかし、労働市場の拡大が見込まれないという現実が数十年続く中、その前提ではどうにもならないのではないか?と現実を受け入れる社会の流れもある。
例えば、南アフリカ。Basic Income Grant (BIG) という、国民の全てが基本的な収入を得られる社会保障を実施している。その背景には、南アフリカに住んでいる以上、国の資源から得られる利益を誰もが享受する権利がある、というもの。かなり斬新的。

 社会福祉という考え方は、欧米で作られた。健常な男子が働き、それができない人々、助けが必要な人たちを社会が保護するという考え方。「依存」という考え方が、否定的な意味合いで付属する。南アフリカでは、「依存」は否定的には捉えられていない。人間関係、社会の一員になるということは、支える人と支えられる人の関係、あるいは主従関係と言ってもいい関係に入ることである。欧米の「独立している人」は、社会関係のないいたたまれない存在として捉えられているともいえる。従って、誰かに依存する、社会に依存するというのは、スティグマにはならない。

 とはいえ、話は簡単ではない。「健常な働ける男性」は、主従関係であれ、極端に言えば奴隷としてでさえ、働き、その場で作られる社会の一員として地位を持ち、家族を養うのが、社会から認めらえる「男性」である。それなのに、何もせず、BIGに支えられるというのはアイデンティティの喪失ともいえる。
Fergusonは、この点が難しい点の一つとして挙げつつ、貧困に陥っている人がいなくなるには、BIGのように基本的な収入を全ての人たちが得られるシステムを作るのが喫緊の課題だという。これは、労働や市場(資本主義)ではない共有に基づきながら、しかし国家が調整役を現在よりも責任をもってとるような社会システム。それは、国家を超えて、全世界で取り組むことが必要かもしれない。夢物語に聞こえるかもしれないが、これらを提唱することにより、南アフリカ、ブラジル、イランでのBIGのような政策が取られるようになったように、世界は、aggressive demand sharingに基づく、社会的であることに最も必要なことに基づいた貧困のないものになっていくだろう。

P199
Thus, we are caught between a Marxism that denigrates and devaluates the distribution (in favour of production and labour) and an anarchism that denigrates and devaluates the state and bureaucracy (in favour of spontaneity and local).

What might a radical contemporary politics look like if it were grounded in both a lively appreciation of growing importance of non-labour-based forms of distribution and a strategy for turning administrative capabilities of state more fundamentally towards that task?

P213
As anthropological work on sharing, as foraging bands and everywhere, has underlined the importance of what is known as ‘demand sharing’, in which distribution is organized round neither gifts or exchanges but the aggressive demands of those who are understood to be in a position to rightfully receive share.

P214
Such sharing is not based on citizenship nor indeed abstract membership at all. It is, instead, based on what Widlok terms ‘presence’. When a hunter returns to camp with carcass, who is entitled to receive a share? The principle of demand sharing provides the answer: whoever is there. The morality is straightforward and compelling. To eat one’s fill while hungry others stand by is plainly unacceptable. Instead, the force of the ‘demand’, in such context, comes from a non-negotiable principle that presence itself brings with it a distributive entitlement. Those who are here among us must eat and may therefore rightfully demand a share. Anything else would be shameful.
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# by sakonia73livre | 2017-01-04 18:16 | 人類学(Ethnography)

題名:On some of the affects of capitalism (Lecture given at the Royal Academy, Copenhagen, 26th of February, 2014)
著者:Bruno Latour
出版年:2014
PDF: http://www.bruno-latour.fr/sites/default/files/136-AFFECTS-OF-K-COPENHAGUE.pdf
YouTube: https://youtu.be/8i-ZKfShovs

2017年元旦、起床する前にYouTubeで聞ける講義を聴いた。
We Have Never Been ModernのBruno Latour。

行き過ぎた貧富の差、一刻も争う危機的な人為的な温暖化などの問題を抱えた
現在の私たちの生きる世界、地球。
無関心ではいられない人は、そうでもない人も、必読・必聴の内容。
私たちの取るべき行動、11の勧告(the 11 theses)だけでも、必読・必聴。
(エコノミストをはじめとした学者への警笛でもあるだろう。)
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# by sakonia73livre | 2017-01-01 18:20 | 人類学(Theory)

みぞれ

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題名:みぞれ (角川文庫)
著者:重松 清
出版年:2008年
出版社:KADOKAWA/角川書店

小説は苦手なのだけれど、作者が重松清のものは違う。
あとがきで、「空気を吸うように作品を書きたい」といったコメントがあり、
息遣いが伝わってくるその作風に納得。
でも、内容は計算つくされている筈。
「あー、やられた!」と抜群のタイミングで泣かされる。

『みぞれ』は、そのときの出来事や事件を背景とした書かれた短編小説が集まったもの。
懐かしいなっと感じながら、ジーンとする。

お風呂に入りながら、心も体もポカポカしながら、ジーンとしながら読みました。
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# by sakonia73livre | 2016-11-22 21:28 | 小説